なにげなくレノファ応援日記

レノファはどこから来たのか、レノファは何者か、レノファはどこへ行くのか

応援スタイルの2つの潮流

決勝Rはじまた

今日から地域決勝の決勝ラウンドが始まりました。
これを続けて言うと「地域決勝決勝ラウンド」と「決勝」が2回続くので非常にまぎらわしいです。この際クライマックスシリーズとかじゃダメですかね。地域決勝クライマックスシリーズ。安っぽい響きが何ともアレですが。

昨年レノファと対戦した3クラブ(YSCC、HOYO、SC相模原)が決勝Rに進出。残る藤枝MYFCともども4クラブ(&サポさん)には今年の地域リーグの集大成となるサッカーを出し尽くしてもらいたいものです。


ん?誰ですか?泣きながら「4チームとも敗退してしまえ!」などとわめきちらしてるのは?(`Д´)
……すみません、私の心の中の声(=負け惜しみ)でしたm(_ _)m
悪い冗談はともかく、我々レノファがこのステージのはるか手前でシーズンを終えざるをえなかった事実からは決して目を背けちゃいけませんね。

俺たち幻想ふたたび

それにしても4クラブのサポーターさんがうらやましい。
2日後には少なくとも1クラブが悲嘆に暮れる運命ではありますが、この季節までサッカーを楽しむ贅沢を味わえるのは地域リーグでこの4クラブだけ。サポーターさんにとっても1シーズンの最後までチームとともに戦った経験は何物にも代え難いはずです。


もちろん実際にピッチ上で戦うのは選手たち。サポーターの応援が勝敗を左右するなんてのは幻想にすぎません。でもその砂上の幻想によりかかって立ってるのがサポーターという生き物。
以前、俺たち幻想で書いたとおり、チームとサポーターとの境界を擬制的にとっぱらって、チームと一体化してしまう(一体化したつもりになる)のが「俺たち幻想」。実際に汗と血を流して戦うのはチームですよ。だけど、チームとともに戦い(戦ったつもりになり)、試合結果の責任すらチームとともに負おうとする(負ったつもりになってる)。この幻想にわざとダマされてる人こそサポーターなのですね。それは県リーグでも地域リーグでもJFLでもJリーグでも世界の各リーグでもどこでも同じこと。


まさに生きるか死ぬかの決勝Rは「俺たち幻想」を強固にする格好の舞台。来季こそこのステージに立ちたいものです。いや立とう。

応援団とサポーター

ところで応援といえば先日こーゆー示唆的なツイートに出会いました。


ああなるほど、応援には「自然発生的に誰かが始める」型と「リーダーを決めて声を出させる」型の2つのスタイルがあるのだと言えそう。
網羅的に調べたわけじゃありませんが、前者のスタイルはJリーグなどの地域クラブ応援に多く、後者のスタイルは実業団や学校の応援に多い印象があります。おそらく現実もそうなってるはずです。


実業団や学校のチームを応援する人たちは、基本的に企業の社員や学校の生徒でしょう。どっちかというとクローズドな組織内の人たち。科学用語を借りると「閉じた系」、エリック・レイモンド言うところの「伽藍」の中の人たちです。
そこでは組織内部の一体感が強く、一定以上の統制がとれてますので、「リーダーが声を出させる」統制的な応援スタイルがうまくハマります。実際、実業団や大学・高校の各種大会に行くと、非常に統制のとれた応援を目にします。これが応援団です。


一方、JリーグNPBbjリーグなどを応援するのは、地域の不特定多数な人たちです。どっちかといえばオープンな関係でつながった人たち。科学用語を借りると「開いた系」、エリック・レイモンド言うところの「バザール」にいる人たちです。
そこでは企業や学校のような統制はとれません。不特定多数をベースとした集合ですから、誰かが誰かに応援を強制することはそぐいません。誰かが自発的に応援を始めないかぎり、応援は一切なしです。必然的に自然発生型の応援にならざるをえません。ただしみんなが好き勝手に応援を始めると無秩序しか生まれませんので、応援者同士で一定程度のゆるやかな合意が作られます。この合意のもとでつながった人々がサポーターです。サポーターの応援は、リーダーの統率のもとではなく、みんなの合意のもとでなされます。


実業団や学校の「応援団」とJリーグあたりの「サポーター」とは一見同じような集団に見えますけれども、実のところお互いに全然違う原理や構造からできてるワケで、唯一、みんな一緒に応援する、という点では共通してますが、その他の点から見ると応援団とサポーターは全くの別物、というのが私の考えです*1
例えば応援団に入るには通常、団の承認が必要ですが、サポーターは「自分はサポーターだ」と思ったその時点でサポーターです。声出し応援しようがしまいが、サポーターかどうかの境目は「自分はサポーター」と思ったかどうかの1点だけです。


まあ確かに「リーダーを決めて声を出させる」応援団型のスタイルの方が日本人には合ってるのかも知れませんが、不特定多数の人たちが集まる空間だとそのスタイルは原理的に成りたたないわけでして、なるべく「自然発生的に誰かが声を出す」「自発的に弾けられる」ような雰囲気をスタジアム内全体に作り出すことが大事なんだろうなあと思うわけですよ。クチで言うのは簡単ですけども。


以上あくまで個人的な意見です。
自然発生的な応援スタイルの方が、自由な発想が活かせますし、約束事だとか意外性だとかいろんな楽しみ方ができるからこそ好きなのでして、応援団型の統率応援も(組織に属してる限りでは)決してキライではないんですが、本音では応援にリーダーとかイラネ派です。みなさんは果たしてどうでしょう?
いろんな意見をお聞きしたくて書いてみました。
ではでは。
 

*1:NPBの応援組織は、不特定多数をベースとしながらも(その歴史的経緯から)球団からかなり強めの統制を受けていて、「応援団」と「サポーター」の中間ちょい応援団よりぐらいに位置してそうです。また、Jリーグのサポーター組織もクラブから一定程度の統制を受けている場合があって、「サポーター」から少し「応援団」側に入った位置に今は立ってる印象を持ってます。