なにげなくレノファ応援日記

レノファはどこから来たのか、レノファは何者か、レノファはどこへ行くのか

回顧と展望2008 その5 クラブ編

このシリーズも今日で最終回。何とか年内に間に合った〜。
今回は「クラブとしてのレノファ山口FC」編です。

≪始まりの終わり≫

よく「終わりの始まり」という言葉を聞きますが、レノファにとっての2008年は「始まりの終わり」*1と呼ぶにふさわしい1年だったと思います。クラブとしてはヨチヨチ歩きだったレノファは、この1年間でそれまでになかった経験を次から次に積み重ねていきました。オフの積極的な補強、野上杯初優勝、リーグ戦ホームゲームでの様々なアトラクション導入(スタジアムDJやハーフタイムショー)、中国リーグ初優勝!、地域決勝初出場&1次ラウンド突破!&決勝ラウンド敗退…。


幼年期を脱し、自立し始める少年期にいよいよ入ってきたんですねー。さ、これで後戻りのできない不可逆な臨界点、または事象の地平線を一つ越えてしまいました。成長するということは、(もう戻れないという)覚悟を決めんにゃいけんということ。「始まりの終わり」が意味するのはそーゆーコトだと思っております。

≪クラブ運営の見通し≫

もし地域決勝を勝ち抜き、JFLに上がれていたとすれば、来季は次のモノが必要になってたハズです。

  1. JFL入会金1千万円+年会費+移動交通費+その他運営経費=最低でも計3〜4千万円
  2. 原則5000人以上収容スタジアムの確保
  3. JFL34試合を乗り切るための戦力
  4. クラブ運営のための人材、etc…

地域決勝のころ、中の人に訊いてみたところ、ある程度のメドは立ってるとのことでした。残念ながら、また中国リーグ暮らしが続きますが、来季は今季までとはもう違います。これまで以上の試合内容や各企画を期待してます。


今季開幕戦の「モチまき」は衝撃でした。選手との交流会はぜひ開幕前にやってほしいなあ。ダンスやよさこいのハーフタイムショーはえかったですね。リーグ優勝後にサポーターもピッチに下りて選手と一緒に喜びを分かち合えれたのはとても良かった!あれはナイス企画でした!あとできれば防府市陸上競技場でも試合やってほしい。

≪地域の支援≫

中の人からはさらに、来季に向けての支援体制についての興味深い話を聞くことができました。全貌のごく一部しか聞いてないし、クラブにご迷惑がかかってもいけないので、ここでアレコレ書くことはできません。どうもすみませんm(_ _)m
ただ、地域企業からの支援を積極的に集めていきたいという話はありました。ちょうどフが悪いことに、全世界規模の経済危機が襲ってきてるのが気がかりではあります。ま、でも、今後クラブが成長していくには、企業サポートの拡大が絶対必要。県内企業さんにはホント期待してます。


もちろん、サポーター=山口県民もクラブを支えるために頑張らないといけません。仮に、サポーター会員数が今の10倍になったとしましょう。それか、毎試合2千人の観客が集まるようになったとしましょう。そしたら絶対「レノファを支援しよう」「スポンサーになろう」という企業さんが出てきますよ。地域の人たちの応援がないと、企業の側も応援しようという気になれないのは当然のことです。
なので、レノファのスポンサー企業が現状少ないのは、クラブ側の営業が弱い(←このことはクラブも十分認識してるようです)こともさりながら、山口県民によるサポート力が弱いことにも起因してるよね、というのが自分の考えです。


山口県民も頑張るからレノファも頑張れ!

≪メディアにも≫

それとメディアさんにも頑張ってほしいところです。毎日新聞は今季途中から急にレノファの記事を増やしてくれました(→レノファ関連記事)。yabは試合結果を当日夕のニュースで流してくれましたし、tys香川アナ柳田アナが積極的に取材に来られてました。


メディアの力はホントに強力で頼りになります。レノファはせっかくの貴重な地域スポーツコンテンツですんで、来季はもっともっと取り上げてください!お願いします!

≪今が一番楽しい時期≫

まだまだ課題は山積ですが、成長する過程を一緒に見ながら応援できるのは今のうちだけ。レノファがJリーグ入りして大きくなってしまった後では二度と味わうことができません。


一番苦しいけど一番楽しい今の時期をともに歩いてる幸せを感じながら、みなさま、今年1年間ご愛読いただきまして、どうもありがとうございましたm(_ _)m
来年もどうぞよろしくお願いします。んじゃ、よいお年を!ノシ

*1:ウィンストン・スペンサー=チャーチル “This is not the end. It is not even the beginning of the end. But it is, perhaps, the end of the beginning.” (November 10, 1942) - エル・アラメイン第二戦での勝利後の演説